アリストテレスは、人生の目的は一つしかない。「それは幸福になることだ」と断言しています。初めてこれを読んだ時は、衝撃を受けました。自分自身が幸福になるということを考えたことがなかったからです。
当たり前のように、社会人になった後は仕事を優先して長時間働いていましたが、いつの間にか心が疲弊してしまうような感覚が私にはありました。
一般的に日本人は勤勉だと言われます。しかし、社会人になってからも「学び」を継続している人は少ないと思われます。労働時間、通勤時間が長いのが要因です。長時間会社にいる生活スタイルを見直すべき時期にきているのではないでしょうか。
社会人になっても学び続ける人が少ないのは、そもそも資格や受験のための勉強をがまんしながらしてきたからで、そのため合格すると終了となるからではないでしょうか。
大学が〇〇大学卒という肩書を得るためのものになっていて、学問をする場所ではなくなっている。これは多くの人が指摘するところです。次にアリストテレスの師匠であるプラトンの考えを紹介してみたい。
プラトンの考えの特徴は、目の前の現実の先に、もう一つの現実があるというものです。つまり、世界は一つではなく二つ存在するというわけです。
目の前の現実は、物事を損得勘定で考え、お金や物があることが幸せというもの。もう一つの現実は知性や心の豊かさ、勇気、優しさを追求するイデアの世界。
プラトン曰く、多くの人は目の前の現実しか見えていない。しかし、お金、物、地位、名誉は、けっして自分そのものではない。だから自分そのものでないものをどんなに多く手に入れたとしても、自分のこころが満たされることはない。つまり幸福感は得られないということになる。しかしながら、資本主義社会に組み込まれている我々は、いつの間にかお金を稼ぐことが人生の目的かのようになってしまいがちな存在である。
自分がやりたいことが見つからない。時々こういう話しを聞く。さ迷っている若者が多くいるのかもしれない。これは受験勉強と個人主義の弊害からきているのではないだろうか。
受験勉強をしている間に、やりたいことがぼんやりとしてしまうのではないだろうか。簡単に言えば燃え尽き症候群です。
目標設定で重要なのは、人から与えられるのではなく、自らが設定するということで、内面から湧き上がってきた好きなこと、得意なことを伸ばすのが良いと考えます。お金や社会的価値、親の考えは、一旦、脇に置いとくべきです。
ある会社の社長は、「努力する者は、夢中になれる者には勝てない」と言います。時が経つのを忘れる程、没頭する、自分が打ち込めることを見つける。決める、決断する。これが重要なのではないでしょうか。
さて、ここまで来て、それでも迷いがある場合はどうすればいいのでしょうか。
学ぶとは、個性とは
学ぶとは、まねる→まねぶ が変化した言葉です。元々、技術の継承というのは、師匠のまねから入っていくのです。そしてそのためには、よく観察する必要があります。基本的なことでも技術というのは、繰り返し行わなければ身に付きません。知っていることと、身につけることは全く異なります。
スポーツや習い事で経験してきた人は、すんなり理解できるかもしれませんが、多くの場合、かなりの忍耐力を必要とします。
その時に問われるのは、決意ではないでしょうか。先ほどと述べたことと矛盾してしまうかもしれませんが、全ての人が自分の好きなことを仕事にしているわけではありません。
悪くもないのに頭を下げたり、嫌な思いをしたりもする。それでも感謝されることもあるし、成果を感じられる時もある。現実的には今置かれている立場、場所で、こつこつと取り組んでいく以外にはないでしょう。
個性ってなんでしょう。社会人になって、基本ができていないうちから、自分はこうする。と言ってもなかなか通じないでしょう。
最初から俺流を主張しても、一流の料理が作れるでしょうか。一定の基礎を習得する時間がどうしても必要です。そして、基本ができている人ほど、その後、自然とその人ならではものがにじみ出てきます。個性が発揮されるのは、基礎知識や基本となる技術が身についてからなのです。
スポーツや音楽で一流になるためには、10000時間が必要という説があります。毎日3時間練習して、1年間で1000時間、それを10年続けないと10000時間にはなりません。
これを達成するために、最も必要なのはなんでしょう。それは「心が安定」していることです。今日はやる気がしない。今日は用事がある、体調が悪い、いくらでもやらない理由というのはでてくるものなのです。
水泳で金メダルを取った北島選手のコーチ、平井氏は、強くなるための条件として、「心が安定」していることを第一に挙げています。では、この心の安定とは生まれつきのものなのでしょうか。
結論からいうと、後天的に身に着けることは可能です。それは良い習慣を身に着けることです。ギリシャ語で、エトスとは習慣、エートスとは人格、人柄を表すように、人は習慣の積み重ねによって作られるのです。
また、ある儒学者は、儒教のことを一言で表すなら、「日常の心構えを作ること」と言いました。
具体的には、立ち居、振る舞い、美しい所作、言葉使いを身に着けていくことから始まります。
日々の生活が整ってくると、周りに嫌な人がいても、お金がなくても、そういった外部の要因に自分が振り回されなくなってきます。日々、淡々と自分がすべきことをする。家族や職場の人と揉めることなく、お互いが協力し合う関係性ができてくるわけです。
いきなり、結論ですが、
幸せとは、案外、足元にあるのものなのではないでしょうか。